いずおちか

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絵心が無いから「絵を描く催し物」をします。

「絵を描く」ことがとにかく苦手です。「苦手」だと自覚したのはいつだったか・・・小学校上がる前とかは普通に描いていた気もするのだけれど。高学年だか中学生だか記憶はないけど、夏休みの宿題で「絵」があったことは覚えています。その時は、今でもはっきり覚えているんですけど・風景を写真に撮る・画用紙のサイズとの比率を計算する・定規で一つ一つ計測しながら、写真を画用紙にトレースしながら「描く」ということをしていました。美術の時間とかもたいてい「模写」で色々乗り切ってた気がする。もう一つ覚えているのは高校1年の生物の授業。なんか、植物の絵を描かされたんですよね。友だちに「幼稚園児の絵やな」と爆笑された記憶があります。会社員になって「マインドマップ」的な研修を受講したこともあり、頭の中を図やアイコンを使って絵にする、みたいなことを習って、「絵は、慣れです」みたいなことも言われるのですが、「そうねえ・・いつかはやってみないとねえ・・」なんて、のらりくらり、と。そんなこんなで「絵を描く」ということからは遠ざかってきた人生。なんなら一生「お絵描き」からは手を引きたいと思っていた人生。そんなわたくしが、一人、空き家の庭で「お絵かき大会」をしてみようと思っています。すこーしだけ「絵」に触ってみたのは去年。夏にワークショップデザイナー、という3か月間の育成プログラムを(趣味で)受講したのですけども。その講座には色々な業種・職種の方がいて。「ワークショップ」には色々な形態があるので、いわゆる「アート」な仕事をしている方もわりとたくさんおられたのです。そういう方々と触れ合っているうちに、アートや絵に対する苦手意識がなくなったわけではもちろんないのだけども、無理ない程度に「受入れる」意識がついていて。で、夏休み。とあるできごと。帰省して、姪っ子(6歳、5歳)と甥っ子(3歳)が絵の具を買った、と遊び始めたら、筆が一本足りなくて。あやうく喧嘩になりそうになったところを「指でも絵は描けるんやよー」と教えてあげて、お手本を見せてあげたら、子どもたちが自由に指を使って絵を描いてるのを見るのがものすごく可愛くて。自分も拙いながらも一緒になって指でチューリップとか描いてたら、「下手でもいいよね・・・楽しく遊べれば・・・」という気になっていた、ので。「まあ、ほんと、機会あったら、今度、絵を描いてみよ」と思っていたりもして。そんなこんなのちょっとした気持ちの変遷がありつつ。どうすることもできなくて持て余している祖父母が住んでいた空き家の庭に、この冬、チューリップを植えてくださった方がいて。せっかく咲くのであれば、その風景をちゃんと残しておきたいと「こもりく春のチューリップ祭り」と称した小さなお祭りを企画するに至り。「よし。絵を描いてみよう」と。なんとなく自然に思ったのです。今でもなんでか、よくわかんないけど。とにかく絵心が無い。それは変わっていないけれども。ぼーっと春の庭に座って絵を描いてみる、というのも・・・何かしらの修行っぽくて良いのではないかしら、と思う次第です。果てしなく地味な催し物なので、基本的に一人で絵を描いている予定ですが、ご一緒してくださる方がいればお越しくださいませ。(画材などはご持参くださいませ。 前日までにご連絡頂ければ、色鉛筆と画用紙あたりはご用意できるかもです)お問い合わせ:こもりくブックセンター

3/21(木・祝)松戸駅近くの公園で本を並べます。

今度のお休みの日に、松戸駅前エリアは「ホコテンプロジェクト」と銘打って複数会場でイベントが開催されます。そこの第四会場となる春雨橋親水公園で開かれるMADMarket→こちら。去年の夏から「シェア店主」としてお世話になっている松戸市八柱の「せんぱくBookbase」名義で参加することにしました。本を並べて売ります。ほぼ古本でちょっとだけ新刊。マーケットのテーマは「ピクニック」。持っていく本のテーマも「ピクニック」です。「テーマに合わせて本を選ぶ」って楽しいけど難しいけど、楽しい。思えば、せんぱくBookbase繋がりでちょこっと古本市のお手伝いをしたのがちょうど一年前。始めて一箱古本市に参加したのが去年の夏。奈良で小さい一箱古本市やってみたのが去年の秋。1つずつ、1つずつやっていって経験値高めてます。今回の出店に申し込みにあたっても「まあ、やってみれば出来るはず」と、すんなり思えた自分・・・・1年前なら想像もしてなかったわあ。とはいえ、自分の持ち蔵書だけではこころもとなかったので(汗)、おなじシェア店主の方々からも知恵(と、本)をお借りして。シェア本屋の強みですな(笑)。今日はMarketの出店者の人たちとミーティングにも参加してきました。お天気が・・・ね。五分五分なんですよ。降水確率50%。会場が「公園」なもので。雨降っちゃったらその場は終わってしまう・・・対策を話し合い、お天気の様子を見ながら少し早めに開始することにしました。ホコテンプロジェクト自体は11時からってことになっていますが、春雨橋親水公園は9時くらいからオープンしそうです。美味しい珈琲やベーグル、スコーンとかはモーニングにうってつけなので。本に興味ある方もそうでない方も(笑)、ぜひ朝の一杯を楽しみにきてほしいなーって思ってます。今日、オリジナルのカップスリーブを見せてもらったんですけど。めちゃくちゃ可愛いなあ、と思ってうきうきしました。「ものを作れる人」ってほんと凄いわ・!!

「都市部の会社員が地域に通う」を題材におしゃべりししました。

2月3日に下北沢で開催した「会社員Traveller」。トーク主体のイベントの場なんてものを企画するのは初めての試み。もちろん自分ひとりで出来ることなど微力で、後援してくださって企画の詰めや当日ファシリテーター・運営まで多大なる協力頂いた流動創生の面々、会場協力のBookshopTraveller、登壇してくれたお二方、素敵なビジュアル(ロゴ)を作ってくれたドク書房さん・・・もうなんというか、感謝でしかないです。当日は20人強の方が来てくれて、本当に本当に嬉しかった。もともとこめた思いの通り、世代も性別もばらばらな人が来てくれて。首都圏の会社員でも地方と関われるやり方はあると思いますよーってことに加え、「“こうすべき”なんてなくて、人それぞれでいい」をとにかく伝えたい、と思っていました。そのことも含め「そう!そうなの!」は、登壇してくれたyumuraさんが文章を書いてくれていました。う、嬉しい…。会社員Traveller  https://note.mu/nayuta28/n/nb874c2112a72自分の力で「やりきった」というにはおこがましく、あらゆる人の力を借りまくりましたが、それでも「終わったあ・・」という脱力感が半端なく、翌日から数週間、振り返りからは遠ざかってしまっていたので、感想を書くのがこんなに遅くなってしまいました。(あと、反省点はやっぱり多々あったので、思い出すとわりとくよくよしてしまっていた…苦笑)準備期間含め、一秒一秒が学びの連続だった今回の催し物開催なので感想は多々あれど、当日出た話、考えたことをいくつか書いてみようと思いました。◆やっぱり年齢、に縛られる必要はあんまりないと思う。 繰り返し書いている「人はそれぞれ」ということ。 今回、一緒に壇上でお喋りしてくれる人をお誘いする時にこだわったのは「年齢や性別が違う人にしたい」でした。 結果として20代女性と50代男性、という二人に来て頂いたんですが。 「地域を行き来するようになったきっかけ」の話として挙げた二人のエピソードがよく似ていたのがとても印象に残りました。 二人ともそれは「数年前」のことだった、と言うので、当時の年齢はばらばら。 思わずその時も「一番伝えたかったのはこういうこと」と言ってしまったけれど。 年齢でひとくくりにするのって自分はあまり好きではないし、どんな年代の人であろうと、その人には“その人なり”のタイミングの喜怒哀楽や考えがある。 「もう〇歳だから」とか「まだ〇歳だから」とかに縛られ過ぎる必要はないと思います!と、とにかくそれは伝えたかったので、二人の話が聞けて本当に良かったです。 ちなみに二人とも(そしてファシリの方も)「このままじゃいけない!」というある種の“ひらめき”というか“衝動”に突き動されたんだとか。 そういう「誰かのターニングポイント」みたいな話を聞くのが、自分は本当に大好きなので、そんな話が出来ただけでも、今回の催し物を開催して良かったなあ・・なんてしみじみしてしまいました。◆「本当に好きなもの」を語る時、人は輝く 登壇者のお一人、yumuraさんは、とにかく大の「きなこ好き」。 当日は、旅を始めた頃の彼女がきなこ好きをカミングアウトし、周囲のすすめでイベントを開催するに至り、きなこ情報を発信するようになるまで・・などの話も多いに語ってくれました。 このきなこ話がとにかく面白いのでついつい盛り上がってしまったのだけれど、はた、と「働きながら地域に通う」テーマとは若干違ってしまっていなかっただろうか…と、後になって少しだけふと考えたりもしていたのです。 でも、書いてくださった来場者アンケートの中には「きなこさんの話が面白かった」という声が多数。 う、、、嬉しい、、、。  「本当に好きなもの」に対して向き合う時、人は輝いていて、それは人を惹きつけるんだなあ、と思いました。 あらためて考えてみれば催し物の内容は「それぞれが目指し模索する生き方」でもあるわけだし、「きなこが好きな生き方」についての熱い思いは、決して方向性がずれているわけではなかったのかもな、とも思えます。 「きなこを好きだとは恥ずかしくて人に言っていなかった」という彼女が、どんどん解放されていく様子は、話を聞くだけでも「人生の臨場感」みたいなものがたっぷりで、誰かが「好きなものを好きと自覚する瞬間」みたいなものも、自分は好きなんだな、と気づかさせてくれました。◆都市部の会社員に降りかかる嵐のような“should”  自分自身も「なるほどー」と思わされたのと同時に、参加者がものすごく頷いていたなあ、という点で印象的だったのがこの言葉。「“Can”はできること、“should”がすべきこと、“want”がやりたいこと、 都市部の会社員ってshouldが嵐のように降りかかってきている。」…現代人はやっぱり「忙しい」んだなあ。「結果としてcanが蓄積されるけれど、そのかわりwantがおざなりにされるパターンが多いと思う。そういう都市部の会社員が蓄積されたcanをうまく活用して、これまでないがしろにしてきたwantを重視した活動をしていけるのが地域なんじゃないかな、と考えている」。 こういう催し物をした一つの背景には、いわゆる“クリエイター”とかのわかりやすい「スキル」じゃなくても会社員をコツコツやっていれば、そこには必ず何らかの「蓄積されたスキル」があるはず!という自分自身の思いもあったりするので、、、この話はとても興味深かったです。 そして、これを受けた質疑では「都市部のwantを押し付けることとはまた違う」とか、「地方の場合、shouldがまだ見えていない場合も多い」とかとか・・・「都市部と地方」にまつわる話がたくさん出てきて、そこはさすがどっぷり「地域側」に入り多くの地域を回っている百戦錬磨の流動創生の知見をたくさん教えてももらいました。************************************************************************************** 勇気をもってやってみた催し物の感想は、なかなかうまい「まとめ」が見つからないくらい貴重な学びの経験だったけど、一番得たものは「協力してくれる人がいる」ことの喜びなのかもしれないなあ・・・。 楽しかった、です。 本当に皆さま、ありがとうございましたーーー!

ロゴに込めた「年齢不詳」で生きたい、定型化したくない、という思い。

2月3日(日)に開催する催し物「会社員Traveller」。この催し物のロゴは「ドク書房」さん(※1)というデザイナーさんに依頼して作って頂きました。そのオーダーをする時に、いくつかイメージというかオーダーを出しました。例えば、「田舎が偉いわけでもない、都会が偉いわけでもない」感じ、とか。その一つに「性別・年齢不問」も挙げたので、その思いもちょっと書いておこうかな、と思います。参加してくれる人をその属性で制限したくなかったんです。「会社員Traveller」という取り組み?に興味を持ってもらえる人は、老若男女問いません!ということを強調したかった。結果、見事に「年齢性別不詳」なキャラクターが出来上がってきて、さすがだわ~と感動したわけですが。男だろうが女だろうが関係ない...人それぞれじゃないかなあ、ということは以前にも書いたところのですが、自分は「年齢」もわりと思うところがあり。もちろん、年上の方を敬いたい、年下の人は守りたい、そういう気持ちも大事にしたいとは思っているのですけれど。けど、必要以上に「上下」を意識するよりも、年齢なんて関係なく、個人対個人、でお互い「尊重しあえる」関係が自分はわりと好きで。年上だからって無条件に偉いわけでも正しいわけでもないし、年下だからってへりくだる必要もないし、間違っているわけでも未熟なわけでもない。お互いがお互いを尊重して、対等に付き合える関係でいたいなあ、と。(あ、でも、年齢でない「立場」はちょっと意識するかも・・・と、それはまた別の機会に。)「都市部に住んで地方に関わる」と、いうと「田舎には優しいおじいちゃんおばあちゃんがいて、 都会の若者がそこで、”人の温もり”に触れて成長する」みたいなハートフルストーリーがイメージされることもあると思うのですが。けっ・・・・。(あ、また毒づいてしまった)。あ、いえ、もちろんそういう場面はあって良いと思うし、そういうのも醍醐味の一つだと思うんです。実際、それで心温まることは、私だって、ある。けど、それ”ばっかり”じゃないと思うのですよ。どこの地域にだって老若男女いると思うし、そこで生まれる関係性はもっと「それぞれ」があっていい・・、というか、定型化したくない。未熟な都市部の年長者が、地方のしっかりした若者に触れることで成長したり、地方の発想豊かな年長者に、都市部の凝り固まった若者が刺激を受けて解放されたり、バリエーション豊かであっていいよな、と。というか、現地で起こってることは、既にそう多種多様になっているのではなかろうか・・・想像ですが。「異なる人間と関わって、刺激されあう、学びあう」ことは上下・優劣じゃなくて、どんな年代の間であっても成立すると思っているし、そういう色々な属性が自由に色々混ざり合って生み出されるものはとても面白いと思っているので。「対等に接する」って・・油断するとすぐに崩れてしまう(自戒)。見下すつもりなんて無くても、どこかで「自分の方が」って自尊心が生まれてしまったり、卑屈になるつもりなんて無くても、「反対意見はやめとこう」って遠慮して飲み込んでしまったり。自分自身もまだぜんぜん未熟で失敗ばかりだけれど。意見を戦わせたり、ぶつかりあったりすることはあっても、優劣、の無い世界がもっと見たい・・・とか思います。自分自身が「地域」に通う理由の一つでもある「その場で出会える人の”多様性”」。そんな思いをロゴに込めてもらいました。今のところ、ゲストだけでなく、参加してくださる方もそこまで偏りは無さそうで嬉しいです。ちゃんと伝えたいこと伝えられるかなあ、と緊張はしていますが、あと、3日、頑張りたいと思いますー。

1/26~27は「奈良ちとせ祝ぐ寿ぐまつり」に行きましょう。

1月26日~27日は、奈良で開催される「奈良ちとせ祝ぐ寿ぐ寿まつり」に行きます。「ほぐほぐ」まつり、とよみます。場所は平城宮跡歴史公園 朱雀門ひろばです。奈良が好きな人、奈良に興味ある人、奈良好きの人、奈良出身の人、奈良に住んでいる人、奈良に勤めている人・・・ぜひ、来て欲しい。その思いを、せっかくなので書くことにしました。このお祭りを知ったのは、去年の秋ごろのこと。たまたま見たtwitterで流れてきたのをちらっと目にして、頭の片隅に残っていました。正確な言葉は覚えていないのだけれど、とある主催者の方の「文句を言うくらいなら自分でやってみることにしました」。そんな内容でした。このお祭りは、2016年に始まった「大立山まつり」がリニューアルされたもの。この「大立山まつり」私は行ったことは無いのですが、、、開催の前週にたまたま会場の前を通りかかって、「何や、あのでかいの。四天王像・・?」と思った記憶があります。そこまで興味を持ってはいなかったのですが、SNSとかでちらっと見る限りの印象では、よくある「B級グルメグランプリ」っぽいものを見かけたりして、正直、「うーん・・・微妙かも?」くらいの印象を持っていました。それがリニューアルされる、と。その時点では、「面白そうだなー、行きたいなー、でも1月末かあ・・・奈良には正月に帰るし、月に2回はなあ・・」と、迷っていたのですが、それから少しした時、奈良愛溢れる友人もこのお祭りを薦めていて。「とにかく、中の人が凄い」と。「ホンモノの奈良愛溢れる方々」だ、と。「絶対に良いお祭りになるに決まっている!」と。「ええい、行く!」と決めました。実際、それから今日に至るまで発表される情報の数々。ポスターやチラシのビジュアルも洗練されているし、超豪華なお坊さん講話、古代の甘味料の再現や衣装、可愛い雑貨のワークショップ、作家さんと発掘調査員のトーク・・・その他もう盛りだくさん!!「これ。こういうのが見たかったの・・!!」と「かゆいところに手が届く」感満載というか、本当に奈良の良いところを知ってくれていて、奈良愛溢れている人が作ってくれているんだなあ、としみじ思います。「奈良の本気」を感じます。グルメも本当に美味しそうで期待高まりまくり。ただ、あまり「今年は凄い!」と言いすぎると、去年まで携わっていた方に悪いな、とは思うというか、なんというか。正直、「行政主導のダサいイベント」だったことは間違いないんだけど、でも、私はその「中の人」を責める、のはちょっと違うな、と思うのです。行政の人はイベントのプロじゃない。「観光客を増やすためにお祭りやって」という仕事に、彼らは彼らなりに一生懸命取り組んだんじゃないかな、と思います。批判するのは簡単かもしれないけど、それって何か違うなあ、と。実際、お祭りのPRイベントに行政の方が登壇されているのを見る機会があったのだけど、そこまで多くは語らずとも「ああ、この人はこの人で善良な奈良の人やなあ」と、いう印象を私は持ちました。(それとなくはさむ自虐話が相当面白かった・・・!)私が今回のお祭りに対して、とても素敵だなあ、と思ったのは、そういう「新旧がちゃんと手を組んでいる」ところです。行政主導であったり、伝統のものであったり、既存のものが「イケてない!」時に、「じゃあ、自分たちでやろう」と「新しく立ち上げ」ることってよくあるかなあ、と思います。でも、それって色んなものが乱立して、結果、パワーが分散されてしまうだけなんじゃないの?ともやもやしたりもする。特に地方はマンパワーも限られているし・・・。そうじゃなくて、ちゃんと「前回までやった内容をブラッシュアップ」しているところ、元々あった行政のものに民間が入って「更にパワーアップ」したところが凄くいいな、と思っています。最初からすべて完璧にうまくいくことの方が少ないと思うし。そんな器用に出来る人ばかりじゃないと思う、世の中は。やりながら修正しながら、長い目で見て良くしていくこと、も大事なんだと思うのです。そして、この「民間」の方が、本当に奈良の良いところをちゃんとたくさん知ってくださっている・・!SNS等の発信を見ていて、本当にそう思います。私自身、地元に住んでいる頃は、「奈良愛」なんて呼べるものは無かったのだけど、外に出て、県外の人から「奈良の良いところ」を教えてもらうことが増えて、そこから本当に「良いところ」を自覚するようになりました。この主催の方は、もともとはご出身ではなくて県外からの移住者だとも聞いていて。そういう方が「外の視点をもって見出してくれた奈良の良いところ」。それが存分に散りばめられているお祭りになっています。奈良県出身として、、、こんな風に動いてくれる人がいるのが本当に嬉しい。観遠方からの光客だけでなくて、ぜひ、県内の人にも、近隣府県の人にも来て欲しいな、と思っています。県内のことをもっと知って好きになって欲しい。出店の美味しいものを食べに行こう、くらいの気持ちでも全然良いし。そんなこんなで今週末です。「奈良ちとせ祝ぐ寿ぐまつり」、ぜひぜひ、足を運んでみてください・・!→公式サイトはこちら:https://hoguhogunara.jp/

「イベント」という単語がまだこそばゆい。

「しっくりハマる単語」について、最近、考えています。2018年は、地元の空き家の庭で小さい一箱古本市やったり、地域創生やシェア本屋をテーマにしたトークに参加させてもらったりと、色々、未知なる世界をたくさん経験しました。ありがたい限りです。年末に2018年に受けていた講座(ワークショップ講座)の参加者同士での忘年会があって。「2018年にやったこと」を話す場があったのですけど。「いくつか地元でイベントやったり・・・」うーん。自分で話す言葉がしっくりこない。「イベント」。この単語がどうにもこうにも、まだ使いこなせないなあ、と思う今日この頃。あ、いえ、自分が参加者側のときは全然何とも思わないのですけど。「開催側」になると、こそばゆい。その時は「2019年やりたいこと」も話したのだけど。「今度イベントやるって決まっていて、それを頑張りたいな、と・・(もごもご)」口に出すのが、照れる。むずい。はずい。私が自分で作っているのは手のひらサイズのものでして、その・・「イベント」なんて大それたものでは、あの。って感じ。なんか、おこがましいんですよね。そういえば、これ書いていて、大学時代に「イベントサークル」に所属していたことを唐突に思い出しました。わたくしは金庫番の役でしたが、その時のイベント、が学内の講堂で開催する大々的なものだったから「イベント」って単語に「派手」感を感じて照れてしまうのかなあ...「こもりくブックセンター」のホームページをつくるときも記事の「カテゴリ分け」をどうしようかと考えていた気がします。参考にしようとよそさまのサイトを見ると「Event」「イベント」って区分けがよくあって・・(facebookのページの仕様もそうですね)その単語を使うのは「自分にはまだ早いんじゃないかなあ、と思っていました。なんでなんでしょうね。「event」を検索しても「イベント」と出てくるしなんか日本語がいいなあ、「行事」がいいかなあ、と悩んで結局しっくり来なくて使わなかった気がします。「人に集まってもらうこと」に主眼を置くのであれば、「おまつり」なのか? いや、でもそれじゃ、派手感がより増してしまってなんか違う。こういう時は、過去の文献にヒントを得て、、、「・・・”儀”?」いや、意味わかんない。そうか「催し物」だとどうだろう・・!いま、思いつきました。・地方で色々やっています→やりたいことは「地方創生」なの?→しっくりこない・・・・地域を行き来しています→「関係人口」ってこと?→そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない・・・「単語」をあてはめた瞬間に綺麗にはまったり、何かがこぼれおちたり。概念にしっくり来る「単語」を見つけるのって、やってみると案外難しいなあ、まあ、でもそれを考えるのも悪くないな、と、日々学んでいます。ということで、今度、催し物します。宣伝です。*******************************************「会社員Traveller~"普通に"働き、地域に通う。それぞれが目指す流動の形とは~」日時:2019年2月3日(日)19時半~場所:下北沢Bookshop Traveller

会社員でも可能性は色々あるんじゃないかなー、と思ったので催し物をします。

宣伝です~。告知です~。今度、2019年2月3日(日)に「会社員traveller」と題したイベントを開催させて頂く運びとなりましたー。時間は19時半から。会場は下北沢。駅徒歩すぐ近くの「Bookshop Traveller」という本屋さんです。(カフェの飲食スペースの横に本屋さんがあるお店です)参加費は1500円です。詳細はこちら⇒会社員travellerFlowlifeLaboratiry(流動文化研究支援機構)と「こもりくブックセンター」(奈良の空き家の名称)との共催、という形にし、代表の荒木幸子さんを司会にお迎えし、3人の「地域と首都圏を行き来する会社員」で「会社員をしながら地域と関わること」をテーマに座談会したり、参加者とお話したりする場になる予定です。(3人のうち一人はわたくしですが...)ありがたいことです。ありがたさを補足?ではないのですが、こういう場をやってみたいなあ、と思った理由・背景の一部をちょろちょろ書いてみようと思います。私自身が東京に勤めて千葉に住みながら、地元の奈良と行き来する二拠点生活を志向する身。今はまだ1、2ヵ月に1回程度の行き来ですが、それでも学ぶことや刺激はてんこ盛りな毎日です。自分自身の周りにも、内容の差は様々なれど「会社で働きながら地方に関わる」もしくは「関わりたい」方々はちらほらいて、こういう方々、もっといるんじゃないかな、とうっすら思っていました。けど、私の見えている世界はまだまだ狭いのか、「二拠点」とか「多拠点」とか「移動的生活」のキーワードでは表に出てる方って属性が偏っている感じが少ししていて。それは、個人事業主/フリーランス、だったり”クリエイティブ”な感じのお仕事だったり。なんか「かっこいい」もしくは「”自分”で何かやってます!」なイメージの方々が多いな、と感じます。(「ローカル起業」とかを見聞きする機会が増えたからかもしれない)でも、自分みたいに「ごりごりのサラリーマンです」みたいな方もいるはずだし、別に地域に関わるのに皆が皆転職や起業しなくてもいいよね、と思いました。どこにいるのだ...もっと知り合ってみたい...どんなことを思ってそれを選んでいるのか知りたい!そんな思いで、お話を聞いてみたいと思ったお2人にお声掛けするに至りました。(私とはまた違った形での行動・活動をされている方々です♪)ちょっと話はずれますが。あれはたしか1年前くらい。とある地方で行われた老若男女混ざった宴席のことでした。そこに集まっていたのは、その地方に思い入れのある方々。土地愛溢れていたり、その地方のために色々活動する方々も多くて、毎回、会の雰囲気はとても和やかだし、盛り上がります。そんな場で自己紹介の中で一人の若い女性が「会社を辞めました!」と宣言しました。お~!とどよめきが起こり、続いて、彼女がこれからしようとしている野望を発表した時には会場は満場の拍手に包まれました。それは単純にその彼女の新たな門出を祝福するという純粋な拍手でした。もちろん私も嬉しくなって大きく手を打ちました。そののち、何人かの自己紹介のあと、もう一人、女性が言いました。「今度、会社を辞めます!!」またもや起こる盛大な拍手。その瞬間、「おや?」とかすかなひっかかりを感じました。その場の「いいぞいいぞ~!」の歓声には明らかに「会社なんて辞めてしまえ~」的なニュアンスが混ざったような気がしたのです。うーん・・・そうだっけ・・・?なんで?会社ってなんでそんな「なんて」と言われる存在なの?「同じ会社で働き続ける」ってなんかダメなことだっけ...?と、そのとき。すかさず、その場の運営側の団体の方が「違う違う、この流れ違う~」と、笑いながら皆に聞こえるように手を振りました。「辞めるのが偉いことではないから~」笑顔だし、まったくトゲは無かったし、その場の空気も和やかなままだったし、気付かなかった人もたくさんいそうだけど。私はほっとしました。この場で言っておくべき大事なことだな、と思って、印象に残りました。真意は直接聞いていないのでわかりませんけどね。けど「地方」を軸にしたコミュニティにおいて、望ましい働き方を偏らせてはいけない...「地道な会社員」を下に見るような風潮はいけない...うっすらとそういう意思を勝手に感じ、好ましく思いました。「ああ、この方はやっぱり信用できる気がする・・!」と。逆にですね・・脱サラや転職したことを必要以上に持ち上げたり、「サラリーマンは云々」とか「会社の中にいるとやりたいことが出来ない」とか組織に所属する方を下に見るような発言をされる方もいるんですよね・・たまに。そういう人に限って、企業で長い間働いたことがあるわけではない。下手したら1社しか働いていない。それであなたは「組織の本質」をどの程度分かってるんですか、と問い詰めたい思いに駆られることがあります。いや、でも、問いつめません。たぶん、噛み合わないと思うので...(わたしの場合、多くの場合、それは男性なんですよね。なんでなんだろう・・と不思議でならない)・・・ふっ・・・ごめんなさい。つい毒を吐いてしまいました。自営業が偉いわけでもない。会社員が偉いわけでもない。公務員が偉いわけでもない。一つところでずっと働くことが偉いわけでもたくさん転職するのが偉いことでもない。それぞれにはそれぞれの良いところ・悪いところありますし、いつも力説しますが、向き不向きは人それぞれです。一人の人でも、時期によって変わったりもします。そういう偏った「どっちかが偉い」と誤解するような風潮が万が一にでもあるのであれば、それは違うよね、と声をあげていきたいな、と思っています。盛大に話がずれました。戻します。今回、共に企画に携わってくださった荒木さんが立ち上げた「流動創生」事業は「場所や組織に縛られない、多様で新しい働き方・暮らし方」を提唱されています。いいな、と思っています。けど「組織に縛られない」って「組織に属さない」とは違うんです。「流動」というと、「転職」を思い浮かべる方がここでいう「縛られない」の本質はそんなことではない。もっとバリエーション豊かな「流動」の形が世の中に生まれればいいな、と。「自由に生きるためには会社を辞めなければいけない」そんな思い込みがあると、がんじがらめになってしまって、生きることが苦しくなる人もいるのではないかな、と感じています。そうとも限らないですよ~、と言いたい。会社に「所属」していても組織に「縛られない」働き方は出来るよ~・・!やりようかもしれないよ~!とか。「地方」や「地域」にまつわることは、正解は当然ないし、自分も試行錯誤中ですが...でも、その試行錯誤に向き合うことは無駄ではないと思っていますよ~!とか。短い時間なのでどこまでできるかわからないけど、そういうことをちょっとでも伝えれる場に出来ればな、と思います。と、いうことで、宣伝でした。(長い・・・)今はまだ緊張とわくわくが入り混じっていますが、関わってくれた方々に少しでも楽しんでもらえるように当日まで頑張りたい所存です。ご興味ある方、ぜひお誘いあわせのうえ、お越しくださいませ~・

”読む動機”(と、2018年振返りと2019のちょこっと予定)

◆「本」が好きな理由 (2019年1月の考え)◆2018年は、たくさん「本」について活動した(後述)ので、「本」のことを毎日考えるようになっている今日この頃。本を読んでる時間が楽しいので「好き」なことはたぶん間違いないとして、わたしはなぜ「本」が好きなんだろう・・・も自問自答したりもしました。ので、いま時点考えたことを書いておこう、と。理由は一つではないよね、きっと・・・というのは前提ですが。わたしはやっぱり「自分以外の生きている世界、見えている景色を知りたい」が「読む動機」なんだろうな、と思います。知ることが楽しい、という「好奇心」とも言えるし、もっとなんてゆうか「知っておきたい」という気持ち。中高生の頃、秋月りすの四コマ漫画「OL進化論」が大好きでずっと読んでいて。 ※実家に置いといたら、引越の際に売られてしまったけど・・・  また読みたいなあ。わりと考え方に影響を受けている話がたくさんあるんだけど、そのうちのひとつの話。(正確ではないけど・・)「女の人って噂話好きだよね」「色々な出来事のパターンを知っておきたいんです。 知らない人に夜道で殴られるより、 知ってる人のほうが早く反撃できるでしょ」この話の考え方がすごく好きというか印象に残っているというか。わたしは打たれ強いほうでは無いので(たぶん。自分ではそう思っている)それが小説であれノンフィクションであれ、「世の中にはこういうこともあるんだなあ」と知っておいた方が、自分が何か凹む状態に置かれた時に、早く立ち直れるんじゃないかな・・・と。「本」を読むのも、「いろんな人に出会ってみたい」のも、そういうことを期待しているような気がします。「何かあったときに」備える、というか。世の中は広くて、自分自身の知っている世界なんて凄く限られていると思うので。「本」の世界に浸ることで、ちょっとずつ自分自身のアップデートをしたい。「見聞を広めたい」ということかと思います。その意味では、本は「知らないことがたくさんある」ことを知らせてくれもするので、自分自身を謙虚にさせてくれるものでもあるな、と思います。こんなにたくさんの本が世の中にはある。全部を読み切ることは絶対に出来ない。そう考えると自分が”世の中”のことを「知っている」と思ってしまうことは驕りなんだろうなあ・・・。なるべくそういう姿勢を心にとどめつつ・・・本を読みたいな、と思っています。あと、まあ「収集癖」が強い性格でもあるので、「知りたい」という好奇心はやっぱり強いんですけどね・・・楽しいです。本と触れ合うのは。◆「本」に関してやったことの2018年ふりかえり◆2018年になるとき、「テーマは読み書き」と思って、「今年は本にいっぱい触れ合いたいなー」と考えていたけど、「もっとたくさん読書したいな」と思っていた程度で、まさか、ここまで触れ合うとは予想だにしていませんでした(笑)人生って面白いこといっぱいあるなあ・・・。奈良の空き家は「本」を扱いたい、と妄想を始めたのが、たしか2月。直接のきっかけは、奈良に住む友人(いまのブックセンターセンタ長)の「蔵書を置ける場所が欲しい。捨てるしかないのか」という呟きだったのだけど、それ以前の2月の3連休に・奈良の郡山にある「とほん」に行って「本の雑誌」を買って読んだことと、 (個人で「本」を扱う手段について書かれていました。)・奈良の駅ナカ本屋の「若草書店」の閉店を知ったことが、行動の大きな「種」になっていたな、と振り返って思います。ここから妄想を形にするための「学び」期間。爆走しました。(ことあるごとに併走してくれているセンタ長には本当に感謝してます)・「本屋入門 Switch!」を受講してみる(3月)・「夢の本屋イベント」にボランティア参加してみる。(3月)・「せんぱくBookbase」のシェア店主応募を知る。(3月)・シェア店主として一箱古本市のお手伝い参加をしてみる。(3月)・思い立って「さほがわ 春の本まつり」に弾丸で奈良まで行く。(4月)・京都でお茶しながら「こもりくブックセンター」という名称を決めてみる(5月)・シェア店主屋号を「人と本と酒 みろくや」とし、初めてデザイナーさんに発注、ロゴをつくってもらう。(6月)・シェア店主を始める(6月)・初めて「一箱古本市」に参加してみる(kamebooksさん主催)(8月)・好きな本屋さんで店番をさせてもらう(8月)・「本屋エッセイ」に応募してみる。(8月)・本屋を始めとした活動を紹介しやすくするための個人名刺をつくってもらう。(9月)・イベントに呼んでもらい、「シェア本屋」をテーマに話す。(9月)・「デジタルデトックス」と題したイベントを自分で立ててみる。(9月)・初めて「読書会」に参加してみる。(9月)・下北沢の「Bookshop Traveller」で「こもりくブックセンター」名義で間借り本屋を始める。(9月)・初めて「一箱古本市」を開催してみる。(奈良での「初瀬の小さな一箱古本市」)(10月)・奈良のゲストハウスで「デジタルデトックス」イベントを開催する。(11月)・第二回の「一箱古本市」も開催してみる。(11月)怒涛・・・訪れた本屋さんも、都内ではお気に入りの蔵前のH.A.Bookstoreはもちろん、下北沢や神保町、谷根千エリアを何店舗か巡ってみたり。地方は、2月の奈良の「とほん」に始まり、GWは京都、夏には奈良市の古本屋巡り、大阪の清風堂書店、12月には福井県の勝木書店や長野県松本市の栞日や想雲堂、大阪梅田の新刊本屋をいくつか・・・5月には京都(みやこメッセ)の古書市にも行ったし、10月には虎ノ門のブックフェスも行きました。やっぱり怒涛・・・そりゃ積読もたまるわけですな・・・「本」とは直接関係ないけれど、夏の週末は約3か月間、ワークショップデザインの講座にも通っていたので、そりゃあもう怒涛でした。2018年の年末に知人とオンライン飲み会をやって(←これも2018年初めてやってみたこと)「今年どうだった?」を話した時に、「悔いなし!」ときっぱり言えた自分が好きです。本当に色々なことが出来た1年でした。ひとつひとつに思い出もたくさん詰まってます。良い1年でした・・・。◆2019年に向けて◆きっとまた色々やるんだろうな、と思っていますが、いま時点で決まっているものもいくつか。・2月3日(日)19:30~ 下北沢のBookshop Travellerで 「会社員Traveller」と題したイベント。 ・4月13日(土)10:00~15:00 奈良の櫻井市初瀬にあるこもりくブックセンターで 「第3回 初瀬の小さな古本市」を開催。・4月14日(日)時間未定 デジタルデトックスあらためデジタルファスティング、として、 「奈良を舞台にした小説を語ろう」会を 奈良のゲストハウスで地味に出来たらな~と思っています。・4月1日~4月14日 詳細は未定ですが、こもりくブックセンターで 「こもりく春のチューリップ祭り」を行う予定です。 今年の春は美しいチューリップが庭に咲く予定なので、 ぜひ一人でも多くの方に見てもらいたい・・!と思いをこめたお祭りです。 私自身が千葉に住んでいて、現地に行ける日は限られているけれど、 是非、花を愛でに来てもらえたら嬉しいなあ、と思っています。自分が「なぜ本を読むのか」ということを考えていると、自分以外の人の「読む動機」も聞いたり話したりできたらいいなあ、と思うので、2019年はそういうことも出来たらいいな、と考えたりもしています。興味津津です。色々なことに。今年もたくさんの人と本に出会えますように。

自分の目に映るものが世界の全てではないと思います。

時々、呟いたり友だちに話したりしていること。そのうち書こうと思ってたけど、なんとなく、今、書いておこう、と思いました。否定的な「日本は~」とか「この国は~」とか、そういう「主語の大きい話」を声高に言う人がどうも好きになれない。たいていの場合、それはなにげなくネットを見たときの「一般人のつぶやき」という形で目の前に現れるんですけど。(SNSとか)似たものでは「日本の会社は~」とかも嫌い。「一部の会社でそういうところはある・あるかもしれないけど、 それを全ての会社がそうだと、勝手にレッテル貼るのはやめてくれませんか。 少なくとも私の勤める会社は違いますよ。 外資でもなんでもないド日本企業ですよ・・!」と。それは「その人が見ている世界」でしかない、と思っています。「自分のまわりはこうだ」「自分の経験はこうだ」「自分はこう思う」とかを自覚できてるんだったらいいんだけど。なんで世界には、色んな人がいて多様性溢れていて、それが面白いのに、「〇〇は~」とか安易に断定しようとするだろう。その、あなたの狭い視野をもって、「〇〇は~」とか言ってほしくないわけですよ、こっちは。もっと、色々な、複雑な面を、知りたいし見たいんです。「都会は~」「田舎は~」とかも「ひとくくりにして」論じようとしているものもとても苦手。そういう考えは、積極的に絶滅させていきたい、と思っています。(記事とかインタビューとかをまとめたり、発信や発言をコンパクトにまとめなければいけない都合上、 そうなっているものは多々あると思うので、全部が全部、消えてなくなれ!と思うわけではないけれど)実際にその瞬間の顔を見たことは無いけれど、そういうことを言う人は、なんか、その時に「無駄にドヤ顔してそう・・」と思う。そのての「イラっと」する場面で、いつも思い出すことがあります。数年前の出来事でした。職場みんなで集まって受講する、とある研修のグループディスカッションの場で旦那さんの転勤で東京に引っ越してきて1年が経たない関西出身の若い女性が言った。その人は妊婦さんだった。「”東京の人”って冷たいですよね! 電車譲りませんよね。 ゆずってもらえたことないです!(怒)」 研修の主題とは多少違うところのコメントだったし、時間も無かったので、その場の流れ的に口をはさめなかった、はさまなかった。でも、今、思えば、あの時に、ちゃんと彼女を諫めておけばよかったな、と思う。「ちょっとそこの娘さん。そんな”私の世界は世界の全て”な考えで親になる気ですかね?」くらい言ってやれば良かった、と今でも後悔している。(ヘタレなのでそんなことは実際言えないであろうことは自覚しています)その時、内心思っていたことは、こうです。「・・・だまれ・・! 私は3回譲られたことあるっちゅうねん!!  もちろん東京のど真ん中でや。 トーキョーメトロ!でや。 言っとくけど、私は経産婦じゃないからな。 何が言いたいかと言うと、”妊婦でもないのに"席を譲って頂けるんやぞ。 当たり前やけど、マタニティーマークなんてつけてへんぞ。 Aラインのふわっとしたワンピ来て、重そうな紙袋とか持ってると、 皆さんにこやかにどうぞ、と言ってくださるぞ。 男性の時もあるし、女性の時もあったわ。 こっちはとっさに何が起こったかわからずに『え?いいです』と断ってしまうけど、 相手の優しそうな笑顔を見て『妊婦だと勘違いされてる・・』と気づいて、 『妊娠してないです』と言って相手に『しまった!』と思わせることもしのびなく、 かといって座ることもいたたまれず 『すぐ降りるんで^^』とか口走ってしまい、 目的地とはぜんぜん違う駅で降りる羽目になるんやぞ! なにをもって”東京の人は冷たい”とか言うてるか、 この下腹ぽっこりぽっちゃり体型の私の前でもう1回言うてみい!」ちなみに、その娘さんが「東京は冷たい」と言い放ったとき、彼女はドヤ顔をしていたように記憶しています。20代そこそこにも見える美人でとても華奢・スレンダーな娘さんでした。(万が一、これ読んでしまって傷つけたらごめん・・・ でも、私も傷ついたんですよ、長年住んできた「東京」という場所を不当に貶められて。)私の目に映る「東京の人」は全然冷たくなんかないですよ(主張)。(正確に言うと、冷たい人も暖かい人もいろんな人がいるんだと思います)世界は広い、と思う。自分の目で見ることは大事で、そうやって見たことをもとに、思考して”己の考え”を形作っていくというかそうするしか無いと思うんだけど、「自分が見たものがこの世界のすべて」というのはあまりにも人として未熟に思えるし、危険な思い込みだと思うけどな、ということは言っていきたいなあ・・・とあらためて思ったので書きました。そんなこんなで(どんな?)、「主語が大きい人」かつ「その対象を否定する人」を見たら、これからは後悔しないように必要に応じて「それは大変だね・辛いね」くらいの慰めはしたとしても「でも、それはあなたの周りがそうなだけかもしれないんだよね。ごめんなさいね。 でも、変なレッテル貼るのはやめてもらえると嬉しいんですよね」ということを出来るだけちゃんと伝えられる人間になりたいなあ、と思っています。 ※ ヘタレだから出来るかどうかわかんないけど・・・ ※ 当然、自分も完璧には出来ていないとは思うので、   天に唾吐いてたらごめんなさい。。。 

「女性は○○だね」と褒められても、あんまり嬉しくないんです。

サラリーマンとして「会社の飲み会も楽しいですよ」とこないだ書いたところなんですけど。たまー・・に「・・・今回はやめとこ」と参加しない選択をすることもあります。ほんのたまに、だけど、前よりその回数は微増した気がしています。単純に地元との週末往復回数が増えたり、今年は色々と休みの日に出歩いたりも多かったので、体力(+お金もね・・!)温存のためだと思っていたのだけど。ふと。それだけじゃないかも・・・、と。なんとなく思い至りました。「なにごとも人それぞれだよね」という”己の価値観”が強くなっていくにつれ、逆に”それぞれを前提としない”ような価値観、なんというか「レッテル貼ってる」感じの発言を聞くと、知らず知らず疲れている自分がいて、そういう風に疲れそうな場を避けるようになったのかもしれない、と。例えば。「男って○○だからね~」「女性は○○だよね」とか。別に誰を貶めるわけでもない、悪気もない、お酒の席での他愛もないそんなコミュニケーションに「ひとくくりにしないでほしいんだけどなあ・・・」ともやもやするようになってしまった。ああ、気難しい、めんどくさいわ、私ってば。ちなみに自社は「セクハラ」教育が徹底しているので、「結婚はまだ?」「子どもは?」なんてことが女性相手に言われることは無いし、女性蔑視や性的対象とされるような不愉快な発言もありません。(少なくとも自分の周囲は)とても平和。恵まれていると思います。それでも、「性別」で線引きをされてしまうこと、それ自体は時々あって・・・もやっとしてしまいます。わたしは、社内で人事・教育部門、総務部門関係の仕事をしているのですけども。社内の酒席で仕事の話になったので、「この仕事には社員への”愛”が必要だと思うんですよー」と酔っぱらって話したら、「さすが。女性にはそれが出来るよね」と男性のボスからにこにこ返されてむー・・・となります。・・・・なんでや。それ、性別、関係ある・・?他にも丁寧な・親切な仕事をしようとすると「母性だね~」という単語をもって誉められることもあった。言っている方は悪気はまったくないんだろうけど・・・。男性には「愛ある仕事」が出来ないわけ?出来る人もいるでしょ。人それぞれ向き不向きでしょ。女性だって、向いてない人いるでしょ、男性で向いてる人もいるでしょ。もやもやもや。一応、「男女関係ないと思いますよー」くらいは返すこともありますが、酒席ということもあり、ぜんぜん相手には響いていない。それ以上、力説して否定するのもカドが立つしなあ・・・。考えすぎてしまう自分、こんなことで目くじら立てたくないなあ、と悩む自分もいるけれど。うーん・・・もやもや。もちろん毎回そういう風にもやもやしているわけじゃなくて、まったく気にならずに楽しく飲む時のほうが多いんですけど。「きっとまたもやもやする予感がするな~・・」と第六感が働く?場は、「ちょっと今回だけやめとこうかな」と思うようになりました。話は少しそれますけど、以前、どこかで読みました。(私なりの解釈が入っている意訳ですが)「多様性、ダイバーシティ、というのは 同質的集団に異質なものが入ってくるということなので、 本来は”居心地が悪くなる”もの」「心地よいだけの空間が維持できているのだとしたら、 その集団は真の意味の”ダイバーシティ”は実現出来ていない」”もやもや”について考えていた時、「ああ、だからちょっとだけ”居心地が悪い”と感じることが増えたのかなあ」とも思いました。異質なものをありのままに異質なものとして受け入れる度量のある集団でない時に、わたしは「うーむ・・・」とあれこれ考えて、楽しくなくなってしまうのかもしれない、と。そして、「女性は○○」「男性は○○」と「ひとくくりコミュニケーション」はある意味、省エネというか、楽なのかもな(楽だったのかもな)、とも思いました。「この”個体”はどういう価値観を持っているのか」をいちいち探ったりしなくていいし、「私はこうです」と表明する必要も無い、違う価値観を相手に「わかってもらう」労力をかける必要も無い。対立も生まれにくい。日本は、比較的、同質性の高い集団、だと言われるし、たぶん、その側面は大きい。本当の意味の「多様性」に慣れている人は、まだとても少ないんじゃないかな・・・、とも思います。なんとなく、私がたまーに感じる酒席の”もやもや”の原因や解決の糸口はそのあたりにあるような気はします。今は全然考えがまとまってないけれど。「それぞれ」が認められるようになるためには、慣れるまでは多少の「居心地の悪さ」を経ていくことは必然なのかもしれないなあ・・・どうやって、その居心地の悪さを解消していくのがいいのかしらねえ・・・まだまだ私はうまい策が見つけられていません。(繰り返しますが、自分の周囲はそんなもやもやを感じさせない人の方が圧倒的大多数ですけど)試行錯誤ですね・・・いろいろ。「もやもやすることもありますよね」ということを記録しておこう、と、なんとなく思ったので。つらつらと書きました。